遷延性意識障害後の死亡 後遺障害1級の慰謝料が認定

(令和5年2月14日原稿作成)

遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)とは?

 

いわゆる植物状態になってしまうことです。

交通事故との関係では、頭部を強く打撃し、脳に大きなダメージを受けた場合にこのような状態になる危険があります。

 

●遷延性意識障害であると認定される基準

以下の6つの項目が3カ月以上続くことです。

・自力で移動できない

・自力で食事をとることができない

・尿や便を失禁してしまう状態にある

・意味のある発語ができない

・簡単な命令に応じる以上のコミュニケ―ションはとれない

・眼球で物を追う程度で、認識はできない

 

交通事故で遷延性意識障害となった場合の後遺障害等級と後遺障害慰謝料の額

 

後遺障害第1級1号 という後遺障害の中でも最も重い等級になります。

後遺障害等級が認定された場合、後遺障害が残ったことによる慰謝料が認められます(後遺障害慰謝料)。

後遺障害1級が認定された場合、裁判基準の目安となる慰謝料額は 2800万0000円 です。

 

交通事故被害者が遷延性意識障害の状態になった後に亡くなったケース

 

交通事故で受傷し、遷延性意識障害であると認定される状態になった後に被害者が亡くなった場合、未解決の損害賠償問題はどうなるのでしょうか?

当法律事務所ではこのような事例のご依頼をお受けしました。

以下ご紹介します。

 

 

経過

 

被害者(事故時80代後半男性 収入は年金のみ)は歩行中に四輪車にはねられ、頭部を受傷し、病院に救急搬送されました。

 

脳幹(のうかん)という、人の生命維持のためにとても重要な部分に出血を生じました。

 

JCS(ジャパンコーマスケール)という意識障害の評価方法で表すと、被害者の意識レベルは200(刺激に対して手足を動かしたり、顔をしかめたりする程度)から300(刺激を与えても反応しない)という状態で、これがずっと続きました。

 

担当医の先生も受傷後初期の段階ですでに、脳幹にダメージをうけていることもあり被害者の意識が戻ることはないだろうとご家族に伝えていました。

 

被害者はずっと入院生活が続き、転院2回を経ても入院生活が続きましたが、意識が戻りませんでした。

このような意識が戻らない状態が続いたため、症状が固定したであろうとのことで、医師の先生に後遺障害診断書を作成していただくことになりました。

 

被害者のご家族は作成された後遺障害診断書を相手方任意保険会社に送り、後遺障害等級認定手続を依頼しました(相手方任意保険会社を窓口にして後遺障害等級申請をする制度を、「 事前認定 」制度といいます。)。

 

後遺障害診断書作成後に被害者が死亡

 

ところが、この事前認定制度の申請前だったのか審査中だったのかはわかりませんが、被害者が亡くなってしまいました。

 

●自賠責保険の調査事務所は…

被害者の死亡が交通事故と因果関係(相当因果関係)があるのかどうかを問題点とし、死亡診断書上は、「病死及び自然死」と記載されていたことから、 交通事故による外傷を直接の原因として死亡に至ったものとは捉えられないが、入院した各医療機関への調査をふまえ、遷延性意識障害により長期臥床になり全身状態が悪化し、Aという疾患(病名は秘匿いたします。)を併発し死亡に至ったことから、直接死因であるBという疾患(病名は秘匿致します。) は交通事故がきっかけとなり、一連の治療経過で発症したものと評価でき、事故と死亡との相当因果関係が認められると判断しました。

 

医師の先生が症状固定日を判断されたのは、事故から8ヶ月余り経過した日でした。

被害者が亡くなったのは、事故から13ヶ月半後でした。

 

 

事前認定で事故と死亡との因果関係が認定されたら

 

このように事前認定結果では、事故と死亡との因果関係が認められると判断されました。

そうすると、自賠責保険は交通事故で死亡した場合として損害を算定することになります。

具体的には以下のとおりです。

 

・葬儀関係費用

自賠責保険では60万円とされ、60万円を超えることが立証資料等により明らかな場合は、100万円の範囲内で必要かつ妥当な実費が認定されます(だたし、令和2年4月1日以降の事故は100万円になります。)。 ちなみにこの件の葬儀費用は100万円を超えていました。

・死亡本人の慰謝料

自賠責保険では350万円が認定されます(だたし、令和2年4月1日以降の事故は400万円になります。)。

・ご遺族の慰謝料

ご遺族とは、被害者の父母、配偶者、子が該当します(被害者に子がいる場合、父母は相続人にはなりませんが、民法711条により加害者に対し慰謝料を請求することができます。)。

ご遺族1人の場合、550万円、2人の場合650万円、3人以上は750万円が認定され、さらに被害者に被扶養者がいるときにはこれら各金額に200万円が加算されます。

この件は、父母の配偶者もすでにお亡くなりであり、お子様2人がおられ、いずれも被害者のもとを離れて生活されていたので、自賠責保険の認定額は650万円になると考えられるケースでした。

・死亡逸失利益

被害者は、事故時就労されておらず、以降も就労の意思はなく、収入は年金のみでした。

被害者の年金収入額、被扶養者がいないこと、平均余命を考えると、自賠責保険が認定するであろう年金の逸失利益は約300万円になると考えられるケースでした。

※自賠責保険の傷害部分(=死亡までの治療費、入院中に支出した雑費、文書代、入院・通院の慰謝料)も請求の対象になりますが、ここでは省略いたします。

 

上記死亡の損害を合計すると1400万円程度になります。

これが後遺障害1級1号が認定された場合に自賠責保険で見込まれる後遺障害慰謝料は1600万円(だたし、令和2年4月1日以降の事故は1650万円になります。)ですので、 自賠責保険ですら後遺障害1級が認定された方が支払賠償金額が高く認定される見込みになります。

 

 

裁判で認定される可能性のある死亡慰謝料額と後遺障害1級慰謝料の裁判基準額

 

 このケースは、被害者が80代後半独居の方で、家族もお子様が2人でいずれも被害者のもとを離れて生活されているケースでは、死亡慰謝料は2000万円程度と判断される可能性があります。

 

これに対して、後遺障害1級が認定された場合、後遺障害慰謝料の裁判基準の目安額は2800万0000円になります。

 

死亡事故と評価された場合の裁判で認定され得る葬儀関係費用や死亡逸失利益(このケースは年金の逸失利益になります。)をあわせても、後遺障害1級の慰謝料額の方が大きくなるといえるケースでした。

 

※2人のお子様の固有の慰謝料も問題になりますが、それでも、後遺障害1級と認定された方が賠償額は大きくなります。

 

 

相手方任意保険会社からの損害賠償額の提示

 

相手方任意保険会社から2人のお子様に対し、1940万円(千円以下省略いたします。)の賠償金の提示がありました。

 

自賠責保険が事故と死亡との因果関係を認めて死亡事故として扱う判断をしたことで、これにならって提示してきた金額です。

過失割合も被害者側15%として計算をしてきました。

お子様方は、この提示金額に疑問を持ち、当法律事務所にお越しになりました。

 

 

当法律事務所受任

 

自賠責保険がいったんした認定をくつがえすのはとても難しいものです。

 

しかし、事故前は毎日元気にされていた被害者が、交通事故にあった直後から遷延性意識障害の状態となり、この状態が続き、回復することがなかったのですから、後遺障害1級の精神的苦痛をこうむったものとして慰謝料額を評価されるべきであると考えました。

 

実際にも、明らかに被害者が後遺障害1級1号の状態にあり、後遺障害診断を受け、亡くなったのはその後のことですので、この点においても後遺障害1級1号として評価されるべきと考えました。

 

もちろん、被害者の2人のお子様も同じ考えでした。

 

当法律事務所がご依頼をお受けし、相手方任意保険会社と交渉することにしました。

こちらからは後遺障害1級が認定されるべきことを前提とした損害額を主張しましたが、相手方任意保険会社は、自賠責保険は死亡による損害であると判断しているからということで全く取り合いませんでしたので、お子様方と相談のうえ、裁判をすることになりました。

 

 

裁判では後遺障害1級ベースの和解成立となりました

 

・当法律事務所からは、あらかじめ、入院先の病院に対し、被害者がどうしてその症状固定日と判断されたのかの理由の問い合わせを文書で行いました。

・交通事故と死亡との因果関係については、死亡診断書には「病死及び自然死」の欄に丸がされており交通事故が原因を及ぼしている記載が一切ないこと、上記のA疾患やB疾患は交通事故により受傷との関連がないうえ症状固定後に発症したものであることや、これら各疾患にかかったという認定基準すら満たしていないことなどを裁判で主張していきました。

・また、交通事故で遷延性意識障害となり、後遺障害診断書が作成されたものの後遺障害等級申請前に被害者が亡くなったケースで後遺障害1級として損害を認定した高等裁判所判例も裁判で提出しました。

上記のほかにもたくさんの主張、立証を尽くしました。

 

結果、裁判所から、後遺障害1級を前提とし、最終支払額3220万円の和解案が出され、和解が成立することになりました(被害者の過失も8%として計算されていました。)。

 

いったん認定された自賠責保険の判断を裁判で覆すのはかなり厳しいものです。

しかし、お子様方ともご相談のうえ、考えられる主張は出し尽くし、上記結論に至りました。