バイクの交通事故で肩甲骨関節窩骨折となった場合の後遺症について弁護士が解説~後遺障害等級12級6号認定~
(令和6年10月31日原稿作成)
肩甲骨とは
背中の上部にある逆三角形のような形をした骨のことです。
肩甲骨関節窩(けんこうこつ かんせつか)とは
肩甲骨のうち、カップ上のくぼみがある部分のことをいいます。
下の図は肩甲骨の略図ですが、赤い矢印の部分を肩甲骨関節窩 といいます。
因(ちな)みに、上の略図の緑の部分を 烏口突起(うこうとっき)といい、水色の部分は肩峰(けんぽう)といいます。
上腕骨という腕の骨の一番上の部分(骨頭といいます。)はボール状になっており、肩甲骨関節窩は、このボールの受け皿のようになり、鎖骨とともに肩関節を構成しています。
交通事故でこの肩甲骨関節窩を骨折した場合について、当法律事務所がご依頼をお受けした被害者の事例(以下「本件」といいます。)をふまえ、解説していきます。
本件の肩甲骨関節窩骨折の治療経過
被害者(30代男性会社員)はバイクに乗り、信号のある十字路交差点を青信号で直進走行しようとしたら、対向車線から右折してきたトラックに衝突され、転倒し、負傷するという交通事故にあいました。
いわゆる「右直事故」です。
この十字路交差点の直進バイクに、その対向方面から右折してくる四輪車が衝突する交通事故類型はとても多く、かつ、バイク乗車者が重傷を負う危険性の高い事故です(死亡事故にもつながる事故類型です。)。
本件もバイクは大きく破損しました。
被害者は病院に救急搬送され、画像検査の結果、肩甲骨関節窩骨折 と診断されました。
この診断後、被害者は転院を希望されたこともあり、救急搬送先の病院では受傷した方の肩を三角巾で固定され、当日のうちに転院先の病院に行かれました。
※ギプスや三角巾などで皮膚の外側から固定する方向を外固定(がいこてい)といいます。
転院先の病院でも精査され、やはり肩甲骨関節窩骨折と診断され、手術が必要だということで、入院することになり、関節鏡視下手術が行われました。
以下、受傷直後の肩甲骨関節窩骨折のCT画像です(3D処理されたものです。)。
受け皿(肩甲骨関節窩)の部分が大きく割れていることがわかります。ここは肩関節の構成部分ですので、肩関節の可動域に影響が及んでくる可能性のある骨折といえます。
本件で被害者は8日間入院され、受傷した肩のリハビリテーションを通院で継続することになったほか、投薬、注射が施行されました。
担当医の先生の指示のもと、かなり長い期間にわたりリハビリテーションが行われ、その後、抜釘を含む手術が行われ(入院2日間)、交通事故から2年2ヶ月後に症状固定となりました。
肩甲骨関節窩骨折で認定される可能性のある後遺障害等級
基本的には以下のとおりです。
●肩に痛みやしびれが残った場合
後遺障害12級13号
後遺障害14級9号
●肩関節機能障害(肩運動の可動域制限が残った後遺障害)
後遺障害10級10号
後遺障害12級6号
※後遺障害10級の上の等級に8級6号という等級(関節の用を廃したもの)もあります。
※肩運動の可動域制限の医学的原因があり、受傷していない側(健側)とくらべて、外転運動・内転運動の合計値又は屈曲運動が2分の1以下に制限されたものが10級10号、4分の3以下に制限されたものが12級6号です(数値をわずかに上回った場合でも参考運動の数値次第で認定される条件がありますが、くわしくは当法律事務所の相談にて説明いたします。)。
●けんこう骨に著しい変形が残った後遺障害
後遺障害12級5号
※裸体になったときに明らかにわかる程度の変形や欠損があることが条件になります。
当法律事務所弁護士の後遺障害の見立て
被害者は当法律事務所のホームページをごらんいただき、無料相談にお越しになりました。
無料相談でお聞きすると、相手方任意保険会社から、物損で、こちら15%:相手85%の過失割合が出ているが、納得できないので、交渉が止まっているということでした。
この点に関しては、被害者ご自身で刑事記録をお取り寄せいただき(取り寄せの細かい手順は弁護士金田から説明しました。)、確認させていただきました。
骨折後の治療経過、自覚症状(骨折した側の肩の痛みが続いているとのことでした。)、肩関節の運動状態などもお聞きし、当法律事務所がご依頼をお受けすることになりました。
受任後、被害者が持っておられた画像をお預かりし、確認すると、交通事故から1年あまり経過後に施行されたCTでも、被害者の肩甲骨関節窩の変形は残存いました。変形を見て、この状態はおそらく変わらないだろうと思いました。
そうすると、後遺障害等級が認定される可能性が高いケースということになります。
肩関節の構成部分に変形がある場合、肩関節の可動域制限の後遺障害(関節機能障害)を意識していくことになります。
次に、肩関節の可動域制限の後遺障害が認められない場合に備えて、痛みやしびれ(神経症状)が残った後遺障害も意識していくことになります。
被害者には、後遺障害診断時にも骨折した側の肩の痛みをきちんと担当医の先生にお伝えいただくようアドバイスをしました。
画像で折れた骨の位置や状態からして、けんこう骨の変形については認められないだろうと思いました。
後遺障害診断書の記載
後遺障害診断が行われ、被害者が交付を受けた後遺障害診断書を預かりました。
以下、後遺障害診断書の記載内容です。
■自覚症状欄
(骨折した側の)肩関節の疼痛
■他覚症状及び検査結果欄
インピンジメントサイン陽性
オブライエンテスト陽性
XP(レントゲンのことです)、CT:肩甲骨の骨癒合は得られているが、関節窩関節面の変形は残存
■関節機能障害の欄
屈曲(他動値) 患側(受傷側)150度 健側170度
外転(他動値) 患側(受傷側)120度 健側170度
※内転運動の記載はありませんでしたが、両側0度であることは明白なケースです。
※その他の運動の数値の記載は省略いたします。
■障害内容の増悪・緩解の見通しの欄
画像所見として関節窩の変形が残存しており、今後、関節症性変化が進行する可能性が高い旨の記載がありました。
●この後遺障害診断書の記載内容からいえること
関節部分に骨折後の変形が残り、主要運動の一つである外転・内転の合計値が健側の4分の3以下になっている(つまり、170度×3÷4=127.5度 > 120度 になります。)ことで、これは確実に後遺障害12級6号が認定されるケースといえます。
※なお、診断書・診療報酬明細書を確認しても、これに反する記載はありませんでした。
後遺障害12級6号が認定されました
当法律事務所が代理して後遺障害等級の申請を代理し、見通しどおり、肩関節の機能障害として後遺障害12級6号が認定されました。
骨折した側の肩の痛みについては後遺障害12級6号に含めての評価となる旨判断されました。
けんこう骨の変形障害については否定されました。
目標とする後遺障害等級が認定されたので、最終示談交渉に入ることになりました。
示談交渉のポイント1~過失割合~
■右直事故の過失割合
本件事故類型は別冊判例タイムズ38号【175】図という図にあてはまる事案でしたが、この図によると 基本的過失割合はバイク15%、四輪車85% になります。相手方は、この基本過失割合どおりの主張をしてきたのです。
そして、本件ではいずれの車両にもドライブレコーダーが搭載されておらず、現場付近に防犯カメラもなく、目撃者もいませんでした。
そうすると、過失割合の検討材料としてめぼしいものは刑事記録ということになります(もちろん、双方車両の損傷写真もありましたが。)。
ところが、本件では相手方四輪車運転者は、刑事上、不起訴処分になっていました。
不起訴処分となりますと、取り寄せられる刑事記録が実況見分調書のみになります(ただし、これに付随する写真があれば開示されるケースもあります。本件では写真も添付されていました。)。
■刑事記録の内容を的確に分析できる力は不可欠です!
刑事記録の実況見分調書を確認すると、相手方四輪車が初めてこちらのバイクに気付いたのは右折を開始してから7.6メートル進んだ地点(=相手方四輪車がブレーキをかけた地点でもあります。) であり、この相手が初めてこちらに気付いたところのバイクの地点は交差点からかなり進入した地点でした。
この記載をきっかけに、弁護士金田は、以下のとおり考えていきました。
①相手方四輪車がブレーキをかけた地点と停止した地点の間の距離が明らかになっていたので、これをもとに相手方四輪車がブレーキをかけた地点での速度を出しました。
②相手方四輪車が右折を開始した地点と、(バイクに気づき)ブレーキをかけた地点の間の距離も明らかになっていましたので、この距離を相手方四輪車が①の速度で移動した移動時間を出しました。計算すると、移動時間は1.7102秒になりました。
③ 相手方四輪車が初めてこちらのバイクに気付いたといバイクの地点から1.7102秒前にいたバイクの地点を出しました。
※すなわち、相手により有利に考え、バイクの速度を制限速度の10キロ増しだったと仮定し(これ以上の速度を出しているといった事情はうかがえませんでした。)、この速度×1.7102で移動距離を出しました。
④ ③で出した移動距離を実況見分調書上の図面(200分の1の縮尺になっています。)に落とすと、この地点は、バイクが事故現場十字路交差点進入をしたところにある横断歩道上になりました。
上記から、相手方四輪車が右折を開始した地点では、すでにこちらのバイクは事故現場十字路交差点の(バイクから見た交差点入り口の)横断歩道上にいたということになります。
別冊判例タイムズ38号には、「対向直進車が通常の速度で停止線を越えて交差点に入る付近まで来ている場合に右折を開始したとき」は「直近右折」に当たると記載されています。
そうすると、本件では、上記の分析からすれば「直近右折」に該当し、こちらの過失を減らせる要素になり得ます。
示談では上記の点を主張していきました。
※上記の計算で、相手方四輪車が右折を開始する地点では、ブレーキをかけた地点よりももっと速度が出ていたと考えることは可能なのですが、この場合、相手方四輪車の移動時間が短くなるので、この短くなった時間でのバイクの移動距離も短くなりますので、なおさらバイクが交差点のより内側にいたと考えることが可能になります。実況見分調書上、相手方四輪車が右折開始前に停止したり減速したりしている記載はありませんでした。
※こちらのバイクの速度を、上記より遅いと考えたとしても、やはりバイクの移動距離も短くなりますので、なおさらバイクが交差点のより内側にいたと考えることが可能になります。
示談交渉のポイント2~後遺障害逸失利益~
等級が認定されるほどの後遺障害が残ったことにより将来失われるであろう労働収入の損失を事前に賠償しましょうという意味の費目が後遺障害逸失利益というものです。
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間 で計算して金額を出します。
本件基礎収入は496万円(千円以下省略します)になり、12級の労働能力喪失率は14%(0.14)になります。
労働能力喪失率ですが、本件被害者は30代ですので、67歳までの期間に基づく係数(ライプニッツ係数といいます。)での計算が最大値になります。
この労働能力喪失期間について、相手方が低い数値であると争ってくる可能性があります。
■なぜ後遺障害逸失利益がポイントになるのか
本件ではケガの損害費目のうち一番大きな金額になるのがこの費目であり、この費目の計算によっては金額の変動が大きくなるからです。
■骨の状態が影響に残存するものであること、関節症性変化が進行するおそれ
まず、骨の変形の状態は生涯変わらず良化しませんので、肩関節の可動域制限が改善することは極めて考え難いということになります。
次に、後遺障害診断書には、「今後、関節症性変化が進行する可能性が高い」という記載がありました。
後遺障害診断書に記載されていることの意味は、外傷(本件交通事故による受傷)が原因となって生じる二次性の関節症です。
関節症の症状として、痛みや関節可動域制限があげられますが、将来的に関節症性の変化が進行するとなると、なおさら将来に向けて肩関節の可動域制限が改善する方向にはいかないと考えるべきと思います。
以上の事情から、労働能力喪失期間を短く考えることはできないというべきであり、この点はきちんと主張していく必要があります。
本件では、67歳までの労働能力喪失は譲らないスタンスでのぞんでいます。
また、被害者は治療中に離職を余儀なくされ、収入の減少がありましたので、この点も主張をしていきました。
示談成立
最終示談の段階では、過失割合については、相手方側から、バイク10%:四輪車90%の提案が出てきました。
バイク5%:四輪車95%の可能性もあるケースでしたが、この場合は相手方側の態度から裁判に進む必要がありました。
後述のとおり、損害費目のところで十分な数字が出ていたことや、当初のバイク側過失15%の提案から前進したこともあり、被害者は裁判までは進まないということだったので、この割合で合意ができました。
物損もこの割合で合意しました。
後遺障害逸失利益は上記年収で、14%の労働能力が67歳まで喪失する金額、傷害慰謝料(入通院慰謝料)はこちらからの請求どおり220万円、後遺障害慰謝料もこちらからの請求どおり280万円を前提に、 ケガの損害(人身損害)は最終で 1370万円 の支払いを受ける合意ができました。
後遺障害12級認定により自賠責保険から支払われた 224万円 を含め、弁護士受任後 1594万円 を獲得することができました。
交通事故損害賠償を取り扱う弁護士は法律知識に加え、医学知識に必要です
弁護士が、後遺障害等級がからむ交通事故人身損害の示談交渉をする際、もちろん、過失割合や損害費目を検討するのにより深い法的知識が必要なのは当然です。
しかし、それに加え、特に後遺障害との関係で、より深い医学知識がなければ損害の検討が十分にできないことも、ぜひ、おわかりいただきたいと思います。
交通事故の被害にあい、特に後遺障害が残ることが予想されるケースでは、どのような弁護士に依頼するべきか、この記事をごらんいただければ、おわかりになると思います。